半身浴というスイッチ

 

 

 

もはや、偉そうに書けるタイトルではないんだけど。

 

 

 

つくづく、半身浴がすべてなんだなあと思う。

 

 

 

 

あ、わたしにとってね。

——
当たり前のように毎日半身浴しているから、効果とかあまり気にしなくなってくる。

 

 

 

けど、

 

 

 

この前ちょっといろいろあって
気が上がってるなあみたいな時があって(興奮状態。ふおおおおお)
そういう時ってだいたい眠れなくなってしまうから、今日は眠り浅いかなあなんて思ってたんだけど

 

 

 

 

 

なんとなしにその日はお風呂の明かりを暗めにして、すこしぬるめのお湯にして浴槽に入ったら、

 

 

 

 

(これ本当に自分でも驚いたんだけど)

 

 

 

 

あんなにどきどきしてた鼓動がゆっくりになって、思わず深いため息をついて、急に眠気が襲ってきた。

 

 

 

うーん。

 

 

 

半身浴の効果を改めて感じた。
あ、わたしにとってね(2回目)。

 

 

こういう、スイッチっていうのかな、自分を呼び戻してくれるものを何か一つでも持ってるとすごく役にたつと思う。
——

 

あえて「わたしにとって」って(2回も)言ったのは、スイッチは人によって違うと思っているから。

 

スイッチは別に半身浴じゃなくても

 

 

ヨガってこともありうるし
友達にすべてぶちまけることかもしれないし
恋人に甘えることかもしれないし
甘いものたべることだったりさ
ひたすら料理しまくることだっていいじゃん
と思う。

——

冷えとりコラムといいつつも、

 

 

 

「たまたま自分にとって気持ちよくて楽しくてついでに身体にもよかったことを見つけた人のつぶやき」(長い)みたいなものだからねこれ。
長年の冷えとりさんにとったらこんなあらたまって書くような内容じゃないっしょこれって思うかもしれないし。
 

でもこういう風に自分のバランスを取れるものを見つけられたっていうのは、
 

ものすごく幸せなことだなあと改めて思った。
 

うん。
 

(特にオチはないよ。)

 

 

 

 

(´ω`)


ふりょう冷えとりyogini

ヨガや冷えとりをしていると、食べるものに関していろいろな情報がでてくる。

 

 

正直にかけば

わたしはいまだにお酒が好きだし。

甘いもの食べるし。

氷浮かべてお茶飲んだりするし。

 

 

 

 

 

たしかに

 

 

昔に比べてお肉食べなくなったし

(単に年取って脂身が辛くなった疑惑もある涙)

 

全体的に食べる量も減った。
(昔が食べ過ぎていただけなんだけど)

 

 

 

でもわたしはいわゆる「食の健康」を語るにはあまりにも不良なのだ。

 

 

さらにさらに食からはみだして書けば

 

 

 

 

例えばたばことかだって吸ってても別にいいんじゃんって思う。

 

冷えとり喫煙ボーイとかさ
たばこヨギーとかさ(ださっ)

 

 

罪悪感感じる必要なんてないと思う。
いや、感じてもいいんだけど(どっちだ)

 

 

 

 

 

わたし自身は全く吸わない、てか興味がないのだが、消えてなくなれとも思わない。

 

 

 

むしろ

 

 

たとえばライブハウスから

 

 

あのなんともいえないたばことお酒が混ざったにおいが消えたら

 

 

 

ちょっとさびしいなあなんて思ったりもする。
——
なあんていいつつ

 

先日、新潟の親友ちゃんから新潟の新鮮な秋野菜を宅配してもらった。

ずいき(さといもの茎)とか。
かきのもと(食べれる菊の花)とか。

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これこれ。

 

めっちゃおいしい
やっぱ新鮮が一番だわ…(ジャンキーなもの絶賛してたわたしはどこへ)

 

新鮮な野菜だからおいしいっていうのもあるし、
 

 

その親友ちゃんがいろいろ考えて送ってくれたっていうことが
おいしさをさらに増してるような気がする。
気のせいだとしてもいいのー。
——
なんだかんだ書いたけど

 

 

 

結局、わたしはどっちも好きなのだ。

 

 

 

めっちゃ新鮮で無農薬で身体にいいオーガニックなものも。
めっちゃジャンキーでチープなものも。
外をすべて遮断してひたすら打ち込むヨガも(崖で海ザッパーンなイメージ)。
日常の中でゆるゆる行うヨガも。
 

めっちゃ健康的な冷えとりスタイルも。
めっちゃセクシーなミニスカスタイルも(したことないけどってか今時はミニスカって言わないのかな)。

 

 

不健康なものを全て排除するってのは好きじゃない。
でもなんかちょっといいことして自分の身体がどう変わるのかはみてみたい。
 

 

いまその道を試行錯誤しながら進んでる感じ。

 

 

 

 

 

この前、そんな話を冷えとり女子の人たちとお酒飲んであぶらものたくさん食べながらしてた。

 

 

 

黒があるから、白がわかる。

 

 

 
ふりょう冷えとりyogini、めっちゃ楽しんでます。

そんな感じも、また、よし、なんて。


日記が好き、ということ

ふっふっふっ
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Amazonの予約ボタンをぽちっと押してしまうくらいに楽しみにしていた本が届いた。

 

山本ゆりさんのブログが大大大好きで(有名な料理ブロガーさん)
あるあるーーーということをめっちゃ赤裸々に書いてて
ものすごく親しみやすくて
でときおり、あ、料理ブログだった、って思い出す感じで。笑
 

 

いつも電車で「ぅぐっ…」って笑いをこらえながら読んでる。

 

 

さっきも本を読みながら「ぅぐっ…」ってなってた。
——
エッセイ本というより

日記本?というのだろうか、そういう系(ぼんやり)の本が好きなのだ。

日記なんていう
もうその人のプライバシーの塊みたいなものを
本にまとめるなんて

ものすごいことだと思う。

 

(もちろん本になる前にちゃんと表沙汰にできることだけを書いているんだろうとは思うけど)
(そうじゃないこともあるのかな?)

そのプライバシーの塊だからこそ
こんなにもわたしの心をとらえて離さないかもしれない。

 

めっちゃ有名人なのに
あれなんかすごい近くにいそうだよ?!みたいな(残念な錯覚)。

 

あ、この人でも夜寝るんだとか(当たり前)
あ、この人でもごはん食べるんだとか(当たり前)
あ、この人でも電車乗るんだとか(もはや失礼)
——
巧妙に練られた物語ももちろん嫌いじゃない。

 

でも、知らない誰かのどっかの他愛ない一日の出来事だって、
わたしにとってはものすごい壮大な物語に感じる。

それはわたしが経験したものじゃないから。

わたしは別にきれいな文章を読みたいわけではないし、
その人っぽい文書であれば、
いくらまわりくどかろうが
長かろうが
短かろうが
ものすごくおもしろく感じる。

 

「その人感」を感じたいだけなのかもしれない。
——
毎度書いているけれど、
 

このブログだって
「だから何?」的なことしか書かない。

 

 

中身ない。

 

 

それは文才がないから
もとい、わたしってこんな感じだからっていうのを伝えたいなと思ったから。

で、もしこんなわたしに興味を持ってくれる人がいたらラッキー、みたいな。

ヨガについてのくわしいこと
冷えとりのくわしいこと
 

それははっきりいって本読んだ方がいいと思うし(爆)
 

だからあえて、ブログには独り言のようなことしか書かないことにしている。
 

「わたし感」を出す訓練。
——
いろいろ考えたりはするけど、
とりあえずカフェ日記読んで、
また日記の世界に浸ろうと思う。

 

たまに声消し損ねて変な鳴き声(ぅぐぉっ…)みたいな女子らしからぬ声を出しながら。


むわーーーーーっと感について

 

 

あいかわらず、どうでもいいお話。

 

 

 

——
たまたま先日、雑貨屋でスチャダラパーが載ってる雑誌を立ち読みした。

 

 

 

その後から、無性にこれが聴きたくなって

今夜はブギーバッグ

 

 

 

 

脳内スピーカーがエンドレスでかかりっぱなしだ。
——

バンドやっているわりに

 
音楽やバンドに関する知識はかなりいい加減だ。

 

 
コード書けないし。
耳コピできないし。
えふぇくたー?なにそれ?とか。
げいん?みどる?あ、ボリュームくらいはわかるよ(えへん)みたいな。

 
でもこういう、

 

 

 

むわーーーーーっと興奮するような曲を聴くと、

 

 

 

 

音楽やりたいーーーー!ってなる。

 

 
あ、ラップとかターンテーブルをいじりたいとかじゃなくて。

 

 

歌と、歌詞と、リズムと、メロディーと、
それぞれが影響しあって一つの曲を作っていて、
どの要素も必要で、
どれかだけが飛びぬけて目立ちすぎてるわけでなくて
全部で一つのものを作っているっていう、

 

 

 

 

なんていうのかな、

 

 

 

 

 

うん、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんていうんだろう(わからんのかい)。

 

 

 

(まとまらず)

(なかったことにして)

 

 

 

——

 

なんかもう、そういうよくわかんない衝動でバンドやってるから、
正直人様の前に出れるようなバンドじゃないの。笑
でもこういう、

 
無性にむわーーーーっとする曲を聴いて、

 
あ、別に「やりたかったから」って理由でやってるからいっか、
みたいに納得する自分もいるのも事実。
——

 

すべての物事に、
始めるためのきれいな理由なんていらないと思う。

 
わたしの場合はこの

 

 

 

むわーーーーーとした気持ちが理由だし。

 

 

 

むわーーーーーってなに?!伝わりにくいよ?!みたいな感じだし。笑

 
ダンスしなくなって、
代わりにむわーーーーーってしたのがバンドだったってだけだし。

 
でもむわーーーーーっ感、けっこうあなどれないと思うのだ。

 
ということで今日もこれ聴いて、むわーーーーーっとしながら、明日の予定を考えようと思う。


くだらない話

ものすごくくだらなくて

 

 

一見するとまったくもってためにならない話を

 

 

ものすごく真剣にするのが大好きだ。

 

 

 

 

 

 

一心不乱に

 

 

ただただくだらないトークを繰り広げる。

 

 

 

 

 

 

昔、ミドルネームをつけるならば何がいいかという

 

 
聞いただけでどうでもいい感満載の話を長時間ひっぱった記憶がある。

 

 

 

 

 

△山・マーガレット・花子とか…
◯田・フランソワーズ・太郎とか…

 

 

 

(ちなみにガッツリ大人になってから。)

 

 

でもこういうのって、楽しくないですか?

——-

例えば同じ時間を

 

 

 

 

ずーーーーーっと愚痴っぽい話で終わるのと

 

 
最初愚痴でも、最後ちょっとだけ真剣にくだらない話をして終わるのとでは
 

 

 

 

気持ち違いません?

——

いつも前向きでポジティブな話を!

って、わたしにはなんか息苦しくて

 

 

 

 

いつも明るい話を!

って、そんなことばっかりじゃないやいって思うし。

 

 

でも

 

 

いつもどうでもいいくだらない話を!だったら

 

 

 

喜んでひたすら話す。
 

 

そこにはいいとか悪いとかなーーーーんにもなくて
 

 
ただひたすら、「くだらない」しかない。笑

 

 

 

 

 

その瞬間はいろいろなことを忘れてる。

 

いままでぐちぐち暗ーーーくなって考えていたことが

 

ものすごくどうでもよくなる。

 

 

むしろ、
 

ずっとミドルネームのことを考えていたくなる。

(例えばね。笑)

——
最近、

 

毎日そんな感じでいいんじゃないかなあと思うようになった。

 

楽しいことを意識して選ぶようになってから

 

 
そんな風に思えるようになった。
 

 

 

 

99%くだらなくて

 

 
ほんの1%だけ真面目なことを考えてるくらいが

 

 
わたしにはちょうどいいのかもしれない。

 

 

 

くだらない話

 

 

 
皆さんはお好きですか?